よくある全身脱毛への質問
結局、老化というものはよくいわれるように、もともと人間の身体にはじめからプログラミングされているものであり、人工的にどうこうできるものではないのではなかろうか。
一時話題になったクローン技術にしても、ドリーの運命を見れば成功とはいいがたい(ドリーは老化が通常の羊よりもずっと早い)。
一瞬効果がありそうなものは、長い目で見ると恐ろしい副作用を及ぼすものであったりする。
注目されている未来の遺伝子操作にしても、遺伝子自体、複数の機能を持っていることが特徴なので、ある機能を高めるとほかのマイナス面の機能も高まったりと、科学的に解決不可。
なかなかひと筋縄ではいかないというのが実情のようだ。
結論、何をやっても所詮はただ朽ち果てるのみ?一時、かなり大きな話題を呼び、賛否両論あった美容整形エンターテインメント番組、形を変える手術ならともかく、若返りの手術を受けた人間は、その瞬間から若さを維持することを常に気にかけねばならなくなる。
もちろん終わりはない。
それは経済的な面からも精神的な面からも並大抵のことではなく、そのうち自分自身の神経をすり減らしていく……。
それがはたして幸せなのだろうか。
「ねえ、いまいちばんほしいものは何?」「そうだなあ、やっぱりお金かな?とりあえず、いまやりたいことにはお金が必要なんだ。
だからいまのままの姿格好でありたいという、わがままな私の夢は私の願いは絶対にかなえられない。
世の中に絶対や永遠は基本的にはないが、これに関しては生物の命に限界があるかぎり絶対といえるだろう。
「いいなあ。
私がほしいものは、いくらお金を出したって手に入らない……」新聞や雑誌に並ぶこんな記事。
私みたいな人がどんどん増えるのかな、これから。
私は昨今の美容ブームをある種、複雑な思いでながめている。
それがはたしていいことなのか悪いことなのか、いまの時点ではハッキリいえない。
ただひとついえることは、これからもきっと廃れることはないだろうということだ。
ここ、日本という世界一の長寿国の中で高齢者の人口比率が増えれば、いわゆるアンチ・エイジングを目的とした産業が栄えることはあっても、停滞するとはとても思えない。
女性はいつまでも若くきれいでありたいと望むだろうし、もっと時間がたてば美容整形もさらなる低価。
友人とこんな会話をしていたときに私はハツとした。
私は、絶対手に入らないものを必死で追っている……?お金で手に入らないもの、それはよく、愛だの人の心だのというけれど、「不老」だってそうだ。
だって、そんなものはこの世に存在しないのだから。
「消費が伸び悩む中においても、女性の美への関心は強く、それにともない五万円以上もする高機能化粧品が予想外の売れ行きを見せている」「ここ最近のプチ整形ブームにのって、それらを手がける美容外科の収入も前年比××パーセント。
「悲惨、整形手術のこんな失敗例」などと、センセーショナルなタイトルで時々テレビなどで取り上げられる事故や後遺症。
ああ、またこれね……。
私は、その手の番組を見ていていつも思う。
別に整形手術にともなう死亡事故などはいまにはじまったことではなく、ただ、ブームにのって、そういった例を必要以上にクローズアップしているだけなのだ。
よく考えてほしい。
何でも百パーセント安全なんてものは、この世には存在しないのだ。
たしかにずっと昔にさかのぼれば、パラフィン注入やほくる除去からムダ毛処理まで、万能やけどとされていたX線照射による火傷など、さまざまな後遺症に悩む患者がいた。
格化の波が押し寄せ、手軽さにはずみがつくだろう。
ただそんな中で、まるで高級化粧品の延長のような感覚で整形にのぞみ、さらにその先へ先へと突き進んでいってしまう私のような人が多数生まれてしまうのではと思うと、複雑な気分になるのだ。
しかし、いまは昔に比べれば、ずいぶんとそういうリスクは減っているし、確率からすればかなり低い。
毎日車に乗っている人が交通事故に遭う確率よりも、ずっと低いくらいといってもいいだろう。
もちろん、それでも怖いものは怖いといわれればそれまでだが。
私はよく友人から言われた。
この怖くないの、という意味は、要するに失敗が怖くないの?という意味である。
では、美容整形の失敗とは何を指すのだろうか。
もちろん、死亡したり恐ろしいほどの後遺症に悩まされるような失敗例は、確率からすればかなり低いものであるが、まとめると、術後の出来上がりのイメージが自分の描いていたものとかけ離れていた(ものすごく不自然な仕上がりとか……)注入物を入れた痕が均一ではなくボコボコになるその手術をしたことが原因で、ほかの新たな美容上の欠陥が発生する注入物が石灰化したり、周囲の組織を侵食するようになる。
まちがっても、パソコンでつくる術後のイメージそのままになると思ってはいけない。
パソコンの修正通りになんて、そもそも立体的な人間の身体や顔で可能と考えるほうに無理がある。
そして、私自身もいまあげた例のいくつかの経験者である。
また美容整形の手術を受ける際、誰でも願うことがある。
傷痕はなるべく残らず痛みもなく、できたら費用も安く。
この一見わがままともいえる望みこそが、いわゆるプチ整形をここまで世に広めたゆえんだろう。
ただしこれらの望みをすべて満たす手術は、逆にほんの一時的な効果しかもたらさないものがほとんどである。
そして前に記した副作用とも呼ぶべき後遺症に関しては、プチ整形でも起こる可能性はじゅうぶんにある。
だから長い目で見れば、メスを入れ、傷痕もしばらく残り、もちろん痛みもともなう従来の手術のほうが〃効果的で安くできる″ことになるのである。
美容整形というものはある程度、美のセンスも必要とされる。
とくに術後のイメージをなかなか口では伝えられないような手術の場合は、外科医の美のセンスにかかっているといってもいいだろう。
これらの失敗は、残念ながらめずらしいことではない。
とくに、などはよく起こり得る例。
そんな理由から、私はプチ整形というものにもあまり好意的ではない。
数年前、それこそまだプチ整形が出はじめだったころ、ある女性誌に顔のお直しとかいう企画があった。
その特集とは、比較的平面的な顔のモニターの女性が鼻のつけ根やあごにヒアルロン酸を入れ、顔の凹凸をつけたところ、メリハリのついた美しい顔に変身したというものだった。
一瞬、面白そうとも思ったが、記事の中のこの文章を見てハツとした。
「数ヵ月でもとに戻るから安心です!」うん?ちょっと待って!これって変じゃないか?ここには、たとえ失敗しても、という意味が含まれているのだと思うが、もとに戻るのでは意味がないんじゃないか。
それも、数年ならともかくたった数ヵ月で。
一度、〃きれいになった自分の顔″に慣れてしまった人が、もとの自分の顔に満足できるだろうか。
それこそ、またもう一度同じ手術を受けるか、今度は〃戻りにくい〃本格的な手術に移行するしかないのだ。
ずるいなあ。
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